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砂漠で見捨てられた民
Deserted People in the Desert

和紙ちぎり絵Ⓒ森住ゆき 画像の転載禁

アフガニスタン第2 の都市カンダハルへ行くためには、まず空路で日本からパキスタン南部のクエッタまで飛び、そこからさらに緒方貞子さんをして「世界一の悪路」と言わしめた、旱魃で砂漠化した地帯をキャラバンで10 時間揺られなければならなかった。しかし、部族間の紛争や戦乱を逃れて移動してきた遊牧民のキャンプへは、さらに四駆で2 時間ほど、鄙境を走破してようやくたどり着くことができる。

到着した時、既に大勢の子どもたちが待ちわび、そして跪いて小生の手に接吻してくれた。感傷に浸るのもつかの間、すぐにその惨状を思い知らされることとなる。地雷原に挟まれた荒地の中で、ぼろ布やダンボールに覆われたテントは寒さをしのげるはずもなく、それでも子どもは裸足のまま、歯をガチガチ震わせながら笑顔を遣してくれていた

(図1)それでも子どもには笑顔が。

テント内の幼児は栄養失調で立つ力もなく、免疫力が低下した難民は次々と顔が腫れる奇病(オタフク風邪)で死に、そして高熱でぐったりしている坊やの喉を診れば、ジフテリアの偽膜で覆われつくされていた。

(図2)ジフテリアでぐったりする坊や。

異国での診察には、いくつか乗り越えるべきハードルが待ち受けている。言葉が分からない、蔓延しているマラリアや寄生虫などの疾病への診断能力の欠如、処方できる薬品の一覧表もない、などなど。ましてやブルカを被る女性患者(または母親)の表情が読み取れないとなると、4重苦に苛まれることになる。それでも通訳の医学生を介して、とにかく急ごしらえの診療所(テント)で診察を開始した。冬場特有の感染性胃腸炎が多く、それに戦乱のストレスによる胃潰瘍、過労による背部痛、不眠など、さながら心身症外来を診ている思いだ。言葉が分からないが、それでも人々の疲弊しきった悲痛な叫びを十分に感じ取ることができた。

(図3)腹痛の子どもを診る

重病の患者を目の前にして、日本でなら当然思い浮かぶはずの、病人を運ぶ輸送手段、入院できる病床の確保などの段取りは、ここではただ病人の両手を握って、思いを馳せていると伝えるのが精一杯の「医療」となる。そして、まもなく医薬品も事切れ、後続の患者の目は、一斉に期待から失望へと変わってゆくのを背中で受け止めること以外、なす術もない。

アフガニスタンは過去24 年において、ソ連の侵攻、それに続く各部族同士の内乱および米国の空爆などにより、国土が荒廃したのみでなく、人々の健康を支える医療制度自体が崩壊した。そのために女性の平均余命が45 才、乳児死亡率が171/1000 出生、5 才以下児の死亡率は同247 の高率に達している(殆ど世界最下位)。

世界各国からは、国連のWHOやUNICEFをはじめとして、多くのNGOが救援を開始しているが、その殆どは治安が比較的保たれている都市部に集中しており、タリバンの本拠地であったカンダハルには、米国の空爆後に平和が訪れたとは言うものの、周辺地域の国内避難民は、忘れ去られた民として見放されてきた。

統計上、カンダハルの分娩による母体死亡率は2200/10 万出生(全国平均1600/10 万出生)と高く、主な原因は妊娠中毒症、閉塞分娩、感染症、血栓形成などの産科的要因が上げられる。また専門の医療スタッフによる分娩の立会い率も、全国平均の6%よりもさらに低く、殆ど皆無と言って良い(ほとんどが自宅分娩)。妊娠中の母体への破傷風の予防接種率は、全国平均でも19%ときわめて低率であり、出産時の不潔な操作により、母体及び新生児への破傷風感染の可能性が高まっている。識字率が6%と極めて低い女性への公衆衛生教育は難しく、特にカンダハルのような保守的な地域においては、女性は家の中にひきこもっていることが多いため、家族内伝播のため、結核患者の7 割は女性が占め、extrapulmonary legions への伝播が多いのが特徴である。

一方、乳幼児への予防接種は、ポリオにおいては全国一斉接種(NationalImmunization Days)にて80%と比較的高率に保たるようになったものの、各地でポリオの後遺症で跋行している児を容易に見かけ、三種混合、麻疹、風疹などの予防接種率は約30-40%と低迷している。一方、小児の発育は慢性の栄養失調から、いわゆるstunt 状態であり、パシュトン人は本来背が高く、頑丈な体格の民族であるはずなのに、現実では日本の同年齢の児より1-2 才低く感じられた。

そうした状況の中で、在日アフガニスタン医師によって立ち上げられたカレーズ(地下水脈、命や希望の意味)の会は、2002 年8 月よりカンダハル市内に救護診療所を立ち上げ、現地の医師、公衆衛生指導者や薬剤師などを雇い、市内の貧困層に対する日常診療する一方で、上述の市の周辺に点在する難民キャンプにも週に二日間は無料の巡回診療を行い、月平均1500 名の患者を治療している。患者数のうち2/3 は女性や小児である。また最近、医療レベルを向上させるために、外務省の支援で結核の検出率を高めるために、ようやく移動式簡易レントゲン車や検査機器を導入したばかりである。最も、診療する際に、各患者個人のカルテは作成しているものの、女性患者についての妊娠中や分娩記録はなく、また小児患者についても出生体重、予防接種記録や罹患歴の記述もないため、診断や治療、また公衆衛生的な指導を行う上で大きな支障をしている。さらに、栄養障害をきたしている乳幼児についても、正常発育曲線がないために正しい評価もできない。それでも児童の識字率を上げるために、学校を建設したり、古くからの民話を題材に絵本を作成したり、また、医学教育を充実させるために、医学書を送るなどの運動を展開してきた。

アフガニスタンでは、多くのNGOが活動していると言っても、一つ一つのテリトリーは決して広くはないので、結局は点と点での活動になりがちである。そうした中で、NGOが一つの県(Province)を丸抱えして、保健省と契約を結ぶやり方(PPA: Performance Based Partnership Agreement)で活動を県レベルで広げようとしている。これまでのように各々のNGOが独自のやり方でプロジェクトを展開するのではなく、保健省とドナーが作成した一定のルールや基準、標準化したモニター指標を使って、NGOに国家プログラムを実施してもらうというやり方で、一刻も早く最低限の保健医療サービスを国民全員が受けられるようにしようという試みである。そのため、NGOとGOがどのように事業を共同推進していくかが大きな論点となる。これが本当にうまくゆくのかどうかは時代の検証を待たねばならないが、しかし、アフガニスタンは現実に、この方向で動き出そうとしている。

帰り道に、隣国パキスタンのクエッタで垣間見た小児病院のNICU では、ドイツ製のモニターが整然と並び、街中の医療ビル内では、イギリス帰りのF.R.C.P(Fellow of the Royal College of Physicians )らが軒を連ねて、客を待っていた。

国境を挟んでわずか100km足らずの距離の間に、かくも大きな医療落差が存在すること自体、アフガニスタンの国民が置かれた環境が、如何に困難に満ちたものであるかを雄弁に物語っている。

カレーズの会ホームページ:http://www.karez.org/

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